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上毛新聞オピニオン21「バリから日本の学校へ~温かい歓迎に夢と希望~」Vol.3

バリ島で生まれ育った中学3年生の次女と小学校5年生の末っ子が、生まれて初めて日本に行き地元の学校に通わせて頂きました。日本とは全く違う習慣の中で育ってきた子供達ですので(うちの子たちなら大丈夫という思いはあったものの)本当に日本の学校で上手くやっていけるか多少の不安はありました。そんな子供達のことをテーマにしています。

(視点~オピニオン21~:2018年4月7日に掲載)

バリから日本の学校へ

温かい歓迎に夢と希望

日本で報道されるイジメ、不登校、自殺、スクールカーストなどのニュースは海外にも聞こえてきます。わたしが暮らしていたバリ島も例外ではありません。日本語学科に通う現地の大学生から、論文のテーマにしたいと「スクールカースト」について質問されたこともあるくらいです。イジメを題材にしたドラマが多かった時期もありました。このような報道や番組は、海外で生まれ育った子供達にも少なからず影響を及ぼしているように思います。実際、私の子供たち4人も「日本の学校には行きたくない」と言っていたくらいです。

そんな子供たちですが、昨年、下の子2人が、生まれて初めて日本の学校に通わせて頂くことになりました。2人ともバリ島生まれのバリ島育ちです。これまで日本に来たこともありません。バリ島ではインターナショナルスクールに通っていました。放課後に週2回~3回ほどバリ日本語補習授業校に通ってはいましたが、インドネシア人ハーフの児童生徒が多く、日本のような先輩後輩という上下関係がありません。年齢に関係なくお互いが呼び捨てにしあう横のつながりが強い学校です。このような環境で育った2人が、日本の学校になじめるのか、少し不安がありました。

下の息子は群馬県で1番のマンモス校である笠懸小に入学。登校初日に学年集会があり、その場で先生方やお友達に大歓迎されたそうです。面白い校長先生と情熱のある先生方、そして活気ある友達の皆さんに恵まれ、毎日張り切って学校に通わせて頂きました。

また、笠懸中に通うことになった上の娘も、登校初日から友達ができ、バリ島の学校にはなかった部活にも参加することができました。とてもよい経験になったと思います。5か月間ほど通い、バリ島に戻って行きましたが、中3だった娘は、皆が卒業してバラバラになる前にもう一度会いたいという理由で、今年の1月、現地校の休みを利用して1人で日本に戻ってきました。たった1週間でしたが笠懸中に通わせて頂くことが出来ました。残念ながら卒業式には出席できませんでしたが、式で流れた動画には娘の名前も入っていたそうです。

このような素晴らしい学校は日本全国探しても笠懸小と笠懸中しかない!ということはないでしょう。きっと、日本には、このように素晴らしい学校が他にも沢山あるはずです。海外で日本の暗い報道を見ると、日本の将来が不安になることもありましたが、こうして実際に間近で見ると、報道されていることが全てではないとあらためて思いますし、まだまだ日本の学校も捨てたものじゃない。夢や希望がもてる国だと思いました。がんばろうニッポン。

群馬県上毛新聞の「視点 オピニオン21」というコーナーで2017年~2018年にかけて記事を執筆することになりました。恐らく7回ぐらいの寄稿になると思いますが、今回の「温かい歓迎に夢と希望~バリから日本の学校へ」は3回目の投稿です。

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岡柳 慶お化粧をしない化粧品販売会社の女社長

投稿者プロフィール

アメリカで環境問題を学び、ジャカルタ在住6年を経て2000年バリ島に移住。二十数年の海外生活を終え2016年に群馬県みどり市にインティバリの輸入販売社、株)PRIORITASを設立。

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