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バリ島アユタヤスパに行くべき理由

インティバリ・クラブというブログを運営してます。
当サイトが裏なら、インティバリ・クラブは表。メインのブログです。このメインブログを運営するために、マーケティングなど研究してるんですけど、

たとえば、インティバリがプロデュースしたバリ島アユタヤスパさんのトリートメントを紹介するページなんかだと(こちら)、ただ単に「こんなトリートメントですよ」って説明するだけではなく、「そのトリートメントを受けるメリット」を伝えるべきだと言われています。

こんなトリートメントですって説明しようとすると、良く見せようって気持ちが強くなって、過度に自己アピールするような感じなってしまうと。こうなると、完全に自分目線で、インティバリとしての思いとか、実績とか、そんなことを羅列して、なんか自己顕示欲が強くなるって言うか、閲覧してくれてる人にとっては何の魅力も感じない情報になってしまうわけです。

やっぱり大切なのはお客さん目線です。お客さん目線でのメリットが、そのままインティバリ・プロデュースのトリートメントを受ける理由にもなるわけです。そんなわけで、インティバリがプロデュースしたトリートメントを受けるメリットを考えてみました。

アユタヤスパに行く理由を考えた

まず、インティバリとして伝えたいことは、

「世界各国から厳選した天然成分100%の素材だけで作られたマッサージオイルやクリーム、ローションを使ったトリートメントってこと。そしてインティバリの高品質が認められ、バリ島五つ星ホテルの世界最高峰スパでも使われているってこと。」

これってインティバリを宣伝する時にかならず使う常套文句で、外せない情報なんですけど、だからってお客さんのメリットになるのか?これはちょっと微妙ですよね。下手すると自分目線の思い込みにもなり兼ねない(汗。でも、肌トラブルがあってインティバリしか使えないってユーザーさんもいるんで、そういう方でも安心して受けられるトリートメントって言えばメリットはあると思います。

そう考えると、

「どうせスパに行くならインティバリ製品を試してみたい」っていう肌トラブルのある方や自然派思考の人など、インティバリにちょっと興味がある方には、アユタヤスパのトリートメントを受けるメリットに成り得る?インティバリ製品のプレゼント進呈っていうキャンペーンもしているし。バリ島に来られる方で、更に限定された方用のトリートメントになってしまいますが(汗、マーケティングの観点から言うと、お客さんを絞り込んで、そういう人に向けた情報を届ける方が良いみたいだし。

あとは、メニュー自体、たとえば、髪を濡らしたくない人向けのトリートメントや服を脱ぎたくない人用のトリートメントを用意しているので、それもアユタヤスパに行ってインティバリがプロデュースしたトリートメントを受ける理由になる?

今のところ、こんな感じで考えており、それなりのページになるよう修正を加えていきたいと思ってます。いずれにしても、もっともっと研究が必要ですかね、、、

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1964年生まれの横浜育ち。6年間のジャカルタ駐在を経て2000年にバリ島に移住し、娘の肌トラブルをきっかけに化粧品販売会社を創業。自分自身、元々アレルギー体質&敏感肌の医者泣かせで、小学校1年生の時から一年間、親元を離れ病院が併設された養護学校で生活しました。今は、4人の子供を育てながら奮闘中。

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    • 鈴木みや子(ルリ)
    • 2020年 5月 17日

    バリ島行く時は、いつも、アユタヤスパに行っていました。
    最初の一回目は、各地に観光して、アユタヤスパも、そのスケジュールのひとつでしたが、2回目以降は、ずっと、アユタヤスパが目的で、後は、アナンタラのコンドミニアムの専用プールで、泳ぐ日々を過ごしていました。
    今年(2020年)も、ゴールデンウイーク、全日行く予定で、楽しみにしていたのに、、、、、
    今度、いつ行かれるのでしょうか?

    • アユタヤスパに行って頂いてたのですね、有難う御座います。ご縁を感じる今日このごろで御座います。早くコロナウイルスが終息して、多くの人がバリ島にくる日が待ち遠しいです。

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Profile

 

インティバリ代表 岡柳 薫

1964年生まれの横浜育ち。6年間のジャカルタ駐在を経て2000年にバリ島に移住し、娘の肌トラブルをきっかけに化粧品販売会社を創業。自分自身、元々アレルギー体質&敏感肌の医者泣かせで、小学校1年生の時から一年間、親元を離れ病院が併設された養護学校で生活しました。今は、4人の子供を育てながら奮闘中。(自己紹介【最新版】